文書主義は行政執行の基本!
行政機関には、意思決定に至る過程や事業の実績が規則や法令に即して合理的であったことを、後から誰でも検証できるように文書として残す「文書主義」の原則があります。
市役所のような行政組織において、「当事者だけが知っていればいい」という密室の事務処理は許されません。その決定が将来にわたって客観的に分かるよう、「文書」を作成しておく義務があるのです。
狭山市の『文書取扱い規程』でも、「文書は、事務能率向上に役立つように正確かつ迅速に取扱い、常にその経過を明らかにしておかなければならない」「市民の利用に役立つよう適切に管理しなければならない」と明確に定めています。
今回私は、自身が市議会議員に就任する前に行われた「中央公民館等跡地売却」の財産処分について、検証のために公文書公開請求を行いました。その結果、残っているはずの文書が存在せず、決裁の根拠となる添付資料も欠落していることに気づき、今回の6月議会の一般質問でこの異常な事態を質すことになったものです。
不備だらけの起案書で市長が最終決裁
今回の市の財産処分手続きには、合理的であったと証明できる文書が全く存在しません。必要な文書を作成せず、根拠や証拠となる資料が添付されていない起案書に、最終決裁を下した市長の責任は極めて重大です。
一般質問で、私は本町自治会からの「イエローゾーン解除要請」の総意を示す要望書の存在を問いました。これに対し政策企画部長は、「要望書の提出はなく、口頭での要望だった」とし、なんとその口頭の要望のみで工事費の市負担を市長が決裁したと答弁しました。庁内での合意文書や、文書を残さなかったことの根拠規定については一切の説明がありませんでした。
さらに、起案書に添付されていた「土砂災害区域の解除に向けての変更工事に係る経費について」という資料は単なる概算計算書でした。しかし部長は、これを「見積書としての効力がある資料と認識している」と強弁したのです。
議会と市民への重大な背信行為
続けて部長は、「売買契約の事務処理については法令等に従って相手方を選定し、議会の議決を得て成立したものであり、適正に事務手続きが行われたと認識している」と、まるで議会にも責任があると言わんばかりの答弁を行いました。
私は、平成29年3月の総務経済委員会の議事録を精査しました。当時、三浦和也議員が3,540万円もの積算根拠について質問していますが、担当課長は根拠資料を示さず口頭で説明しただけでした。見積もりの適正さについても「コンサルタントに内容の確認を済ませている」と答弁しながら、その見解を示す文書も、正確な見積書も、委員会には一切提出していません。
当時の常任委員会は、詳細な根拠を知る由もありませんでした。市の担当者は、意図的にしっかりとした判断材料を市議会に示さず、口頭の説明だけで議案を通過させたと考えざるを得ません。
市議会は、執行機関が誠実に行政運営を行っているという信頼を前提に議案の審査に向き合っています。しかし今回の調査から、執行部は自分たちに都合のいい内容だけを説明し、不都合な根拠資料は提出せずに議決を誘導していたことが明らかになりました。
そして問題が発覚すれば、「議会で議決をいただいている」と議会に責任を押しつけ、詳細な追及をかわそうとしています。これは議会や市民に対する明確な背信行為であり、決して看過することはできません。