2009年のニュース
【7月29日】
アイヌ新法の制定求める 政府の有識者懇談会が報告書 政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」は29日、アイヌを「先住民族」と明記し、その生活と権利にかかわる新法制定について「国の姿勢と覚悟を法律のかたちで具体的に示すことが大きな意義を有する」とする報告書をまとめ、河村建夫官房長官に提出しました。 政府の報告としては初めて、近代の土地収奪や強制同化政策によって国がアイヌ民族に打撃を与えてきた責任を認めました。
報告書は、昨年6月の国会が全会一致で採択した「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を受け、政府内に置かれた「有識者懇談会」が1年間の議論を経てまとめました。今後の新しい総合的なアイヌ政策確立への指針となります。
報告書は、「日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し独自の言語や文化を育(はぐく)んできたアイヌ」が、明治以降の「近代国家形成過程の中で、土地政策や同化政策で…深刻な打撃を受けた」と述べています。
生活や教育の格差、差別などアイヌの置かれた困難な状況を示し、国民の理解の促進、産業振興や生活向上関連施策を含む広義の文化政策をすすめることを提言。国が責任を持つ推進体制とアイヌとの協議の場の設置を求めました。アイヌの政治参加の拡大については具体的にのべませんでした。-
日本共産党-
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【6月21日】 殉難の祖先悼む 江別でアイヌ民族が墓前祭 樺太先住民のアイヌ民族841人が明治期に強制移住先の江別市内で集団伝染病に見舞われ、404人の同胞を失った事件を悼む第30回樺太移住殉難者墓前祭が20日、同市対雁(ついしかり)の市営墓地であった。犠牲者の子孫や地元の人々ら約70人が参列。遺族らは戦後に遺骨を弔ってきた浄土真宗・真願寺の僧侶とともに、仏式とアイヌ古来の様式の2通りで祖先の供養をした。
1875(明治8)年の樺太千島交換条約で樺太がロシア領となり、当時の北海道開拓使は樺太アイヌを道内開拓に使おうと、宗谷地方経由で現在の江別市対雁に強制移住させた。慣れない土地で10年後にはコレラや天然痘が流行し、半数近くが亡くなった。
その後、南樺太に帰った人や道内各地に離散する人が出る中、事件も歴史のはざまに埋もれていった。だが、戦後、研究者による史実掘り起こしや現場での遺骨発掘、真願寺保存の過去帳発見などがあり、遺族らが79(昭和54)年、第1回墓前祭を開催。今回、30回を迎えた。
アイヌ長老会議の小川隆吉議長は「平和の象徴として生きてきたアイヌの歴史を、人権の学習としても後の世代に伝えていく」とあいさつ。今年初めて遺族代表になった津山典征さん(53)は「(アイヌ文化を守るために)何もしてこなかったことが恥ずかしい」と言葉少なだった。-
Asahi.com