2009年のニュース
![]() NLD党本部で、スー・チーさんのポスターを片づけるメンバー=AP
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【5月7日】 スー・チーさん率いる最大野党が消滅 【バンコク=深沢淳一】ミャンマー総選挙のボイコットを決めた民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさん率いる最大野党、国民民主連盟(NLD)の解党が決まった。 同党が政党再登録の申請手続きを、軍政が決めた期限である6日までに行わなかったためだ。 |
◆米次官補9日訪問◆
【ワシントン=本間圭一】関係筋は、カート・キャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)がミャンマーを9〜10日に訪問する日程が固まったことを明らかにした。キャンベル氏は軍政に民主的な選挙を求めるほか、軍政状態の恒久化を避けるため、NLD関係者らに新党結成を通じた選挙参加を促すとの見方もある。
NLD解党後のタイミングでキャンベル氏が訪問するのも、「対話を通じた軍政への関与政策の維持に加え、野党幹部らと会談し、可能な限り選挙参加を促すため」(関係筋)との見方も出ている。クローリー米国務次官補(広報担当)は4日の記者会見で、「ミャンマーは政治的な空間を広げる努力が必要だ」と指摘した。
米政府は、議席を軍関係が独占し、民主化の道が完全に閉ざされる事態を避けるため、現状の制度では自由や公平さに問題があるものの、幅広い層の選挙参加が望ましいとの判断に傾きつつあるようだ。 (2010年5月7日09時55分 読売新聞)
【11月5日】 米高官とスー・チーさん会談、軍政との直接対話説明か ミャンマーを訪問中のカート・キャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は4日、最大都市ヤンゴンのホテルで、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんと約2時間にわたって会談した。
会談の中身は明らかにされていないが、キャンベル次官補は、米オバマ政権が9月、経済制裁一辺倒だった対ミャンマー政策を「制裁と関与」に見直し、直接対話に乗り出した経緯などを説明したとみられる。-続きを読む-YOMIURI ONLINE-61

会談を終えたキャンベル米国務次官補(手前左)とアウン・サン・スー・チーさん(同右)=読売通信員撮影
軍事政権により自宅軟禁下に置かれるスー・チーさんと米政府高官の面会は、マデリン・オルブライト国連大使(当時)が1995年9月にヤンゴンの自宅を訪問して以来となる。 軍政は今回、スー・チーさんの政府関連施設以外への外出を認める極めて異例な措置を取った。通常はスー・チーさんに関して一切報じない国営テレビも、スー・チーさんが会場ホテルに入る映像を速報として伝えた。
この会談に先立ち、キャンベル次官補は同日、首都ネピドーで、テイン・セイン首相とも会談した。 次官補は、軍政が2010年の総選挙前に、スー・チーさんを含むすべての政治犯を釈放するなど民主化への具体的な進展が認められた場合、米国は経済制裁解除に応じる用意があることなどを改めて強調したとみられる。
全日程を終えたキャンベル次官補は4日夜、「国民和解と包括的な民主化進展に向け、ミャンマー政府に対し、スー・チーさんと国民民主連盟(NLD)中央執行委員会との接触をもっと頻繁に認めるよう求める」との声明を出した。
米国は、今回の次官補訪問を、オバマ大統領が15日にシンガポールで予定している、テイン・セイン首相を含む東南アジア諸国連合(ASEAN)10か国首脳との初の会談を前にした「事実調査」と位置づけている。訪問には、スコット・マーシェル国務次官補代理(ASEAN担当大使)が同行した。 (2009年11月4日22時48分 読売新聞)
【10月4日】 ミヤンマー軍旗政権により… スー・チーさんと軍政会談 制裁解除へ協力協議か 【バンコク共同】自宅軟禁中のミャンマー民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんは3日午後、軍事政権側の交渉窓口であるアウン・チー交渉担当相と最大都市ヤンゴンの政府ゲストハウスで会談した。両者の会談は昨年1月以来、約1年9カ月ぶり。軍政筋によると、会談は約… [記事全文] -続きを読む-47 NEWS-61
【バンコク共同】自宅軟禁中のミャンマー民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんは3日午後、軍事政権側の交渉窓口であるアウン・チー交渉担当相と最大都市ヤンゴンの政府ゲストハウスで会談した。両者の会談は昨年1月以来、約1年9カ月ぶり。軍政筋によると、会談は約45分続いた。 会談内容は不明だが、スー・チーさんは先月25日に、欧米諸国の対ミャンマー制裁解除に向け軍政と協力する用意があるとの書簡を、軍政トップのタン・シュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長に出しており、交渉担当相との会談で、この問題を話し合った可能性がある。
国営メディアは3日夜、「2人は書簡に関して話し合った」と伝えた。 スー・チーさんのニャン・ウィン弁護士は「こうした会談は次の対話につながる可能性があり、歓迎する」と語った。 対ミャンマー制裁をめぐっては、米国が制裁一辺倒だったこれまでの政策を転換、軍政との対話に乗り出し、キャンベル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が先月29日、ニューヨークで軍政のタウン科学技術相らと会談した。軍政側はスー・チーさんに対し、米国との協議結果を説明した可能性もある。
スー・チーさんと交渉担当相との会談は2007年9月に、軍政が反政府デモを鎮圧した後に始まり、昨年1月まで計5回行われたが、協議に「進展がない」とスー・チーさんが不満を表明、中断状態になっていた。 スー・チーさんはことし5月、自宅軟禁中にもかかわらず米国人を許可なく自宅に入れたとして、国家防御法違反罪に問われ、8月に有罪判決を受けた。スー・チーさんは判決を不服として控訴したが、今月2日に控訴が棄却され、自宅軟禁が続いている。-47 NEWS
【8月12日】 スー・チーさん 再び自宅軟禁
ミャンマーで、自宅軟禁中に無断で外部の人間と接触したとして罪に問われている民主化運動の指導者、アウン・サン・スー・チーさんに対し、裁判所は懲役3年の有罪判決を言い渡しましたが、軍事政権は1年6か月に減刑したうえで、スー・チーさんを再び自宅軟禁とすることを決めました。-続きを読む-NHK-61
スー・チーさんは、自宅軟禁の措置が近く解除されるとみられていたことし5月、自宅に侵入してきたアメリカ人の男と当局に無断で接触したとして、起訴されました。スー・チーさんは最大の都市ヤンゴンの刑務所内の施設にこう留されていましたが、裁判所は11日、スー・チーさんに対し、懲役3年の有罪判決を言い渡しました。しかし、軍事政権はその直後、「スー・チーさんの父親である建国の父、アウン・サン将軍の威厳を守らねばならない」として、スー・チーさんの刑を1年6か月に減刑するよう命じ、スー・チーさんは再び自宅軟禁の状態に置かれることになりました。スー・チーさんは、このあと刑務所を出て、およそ3か月ぶりにヤンゴン市内にある自宅に戻りました。スー・チーさんの弁護士は「懲役刑の執行は猶予された形だが、軍事政権の一存によって条件付きの帰宅となった」と述べ、スー・チーさんが再び自宅軟禁となったことを批判しました。スー・チーさんをめぐっては、先月ミャンマーを訪問した国連のパン・ギムン事務総長がタン・シュエ議長に対して解放を強く求めましたが、軍事政権側はこれを拒否し、スー・チーさんに実刑判決が下される可能性が高いとみられていました。今回の軍事政権の決定の背景には、スー・チーさんへの対応をめぐり国際的な批判が強まるなか、減刑によって一定の譲歩を示し、批判を和らげるねらいがある一方、再び自宅軟禁に置くことで、来年の総選挙を前に民主化勢力のシンボルであるスー・チーさんの影響力をあくまで排除しようという意図があるとみられています。-NHK
【8月2日】 ミャンマー、北の支援で核施設建設…豪紙報道 1日付の豪紙シドニー・モーニング・ヘラルドは、ミャンマー軍事政権が北朝鮮の支援を受け、原子炉とプルトニウムを抽出する再処理施設を秘密裏に建設していると報じた。5年以内の核爆弾製造を目指しているという。
ミャンマー陸軍の核関連部隊に所属していた元将校と、軍政の指示で北朝鮮との核関連物資の取引に関与していた企業の元幹部の2人が亡命先のタイで、豪州国立大の研究者らに証言したという。それによると、両国の協力開始は9年前にさかのぼり、秘密施設はミャンマー北部の山に掘ったトンネル内に建設されている。同紙は、北朝鮮には、今後
【5月19日】 スー・チーさん初公判、発言の機会なし…当局側証人が証言 ミャンマー司法当局に国家防護法違反罪で起訴された民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんの初公判が18日、ヤンゴンの刑務所内にある特別法廷で開かれた。 当局側は証人22人を申請し、最初の証人として警察官がスー・チーさんの罪を説明した。スー・チーさんに発言の機会はなかった。-YOMIURI ONLINE-61
【5月14日】 軍事政権、スー・チーさんを起訴 軟禁の条件不履行で ミャンマー軍事政権は14日、最大都市ヤンゴン郊外のインセイン刑務所内に設けた特別法廷で、同国の民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさん(63)を、自宅軟禁の条件を守らず米国人を自宅に入れた国家防御法違反の罪で起訴した。スー・チーさんの弁護士が明らかにした。 ミャンマーでは政治犯が裁判で裁かれた場合、被告側の言い分はほとんど認められず、今回も有罪判決が出る可能性が高い。
弁護士によると、有罪判決が出るとスー・チーさんは最高で禁固5年を言い渡される可能性があるという。この日は起訴と審理手続きなどを終えて終了、次回審理は18日に行われることになった。スー・チーさんらは裁判の期間中、同刑務所内の居住施設での拘留が続く。
今月3−5日にスー・チーさん宅に侵入した米国人の男(54)も、規制地域に侵入した罪や入国管理法違反で起訴された。住み込みでスー・チーさんの身の回りの世話をしてきた女性2人も起訴された。-東奥日報 -61
【3月1日】 ロヒンギャ族:「難民と認めて」…日本に200人 ミャンマー軍事政権による差別や迫害を受け、周辺各国への流出が続いている「ロヒンギャ族」。ミャンマーは自国民と認めず、タイやマレーシアなども受け入れに難色を示す。日本国内でも約200人が暮らすが、日本政府は大半を難民認定せず、一方でミャンマーが自国民と認めないため強制送還もできない「宙に浮いた」存在だ。経済危機で生活困窮に拍車がかかり、正式に就労が可能になる難民認定を強く求めている。【鵜塚健】-毎日jp-61
【2月10日】 ミヤンマーのロヒンギヤ族難民問題 ミヤンマーを脱出したイスラム系少数民族ロヒンギア族の一団が相次いで発見され、上切れを巡って周辺国の難しい対応を強いられている。特にタイ国軍からは「拘束」「暴力」などを受けており、食糧もなしにエンジンをはずされた船で、沖合に追放された。一部の難民はインドネシアの漁船に発見されるまで約3週間漂流、餓えと乾きで多数のひとが死亡、残った人も海水を飲んで凌いだと言われている。-61
【2月10日】 ミヤンマーのロヒンギヤ族難民問題 国際人権団体「アムネスティ.インターナショナル」などは、ロヒンギャ族はミヤンマー軍政から市民とは見なされず、行動も制限された「無国籍の民」と迫害を受けていると訴えている。ロヒンギャ族は推定人口役100万人、現在約30万人が迫害を受け隣国バングラディッシュに逃れ難民化、91年以降も軍政の弾圧で今なお、難民が流出している-61
【2月2日】 ビルマ(ミャンマー) : デモ弾圧後6カ月で40人に実刑判決、僧侶に水与えただけの人も!ビルマ当局がデモを暴力的に鎮圧してから6カ月が経った。アムネスティ・インターナショナルの最新の調査によると、この間に7人の僧侶を含む少なくとも40人の抗議行動参加者が拘禁刑を言い渡されたとしている-アムネスティ.インターナショナル日本-61


2008年のニュース
08.1.15 ミヤンマー仏教僧デモから3ヶ月、軍政権反発の難民15万人帰国失望:軍政権から隣国タイへ:同国では政治難民などミヤンマー人約300万人が居住
08.2.11 ミヤンマー国際批判無視:見せかけの民政移管強硬.アウンスーチーさん軟禁状態対話無し
08.5.10 ミヤンマー災害で国際社会、援助受け入れを要請:軍政はかたくなに拒否。2次被害拡大の一方…中国、インドは軍政に理解を示す-61
08.5.14 ミヤンマーサイクロン被害、死者、行方不明者は約10万人以上となっており、軍政府の救援活動が遅々として進んでいない現状で、水、食料、トイレが不足し、コレラなどの流行が心配されている:軍政府は救援の制限を続けて折り、国際社会は一日も早くの支援受け入れを求めている-61
08.5.24 ミヤンマーサイクロン被害で軍政府、人的支援全面受け入れ:潘基文(バンギムン)国連事務総長が、国際社会が求めていた、支援に関して、軍政が容認したことを明かす/一部では軍政トップのタン.シュエ議長は復興資金欲しさが目的?-61
08.5.28 ミヤンマー軍政:アウンサン.スーチーさん軟禁を半年間延。長軍政は引き続き同女子を封じ込め、独善的な「民主化」をはかるようだ。-61
08.6.20 ミャンマー・サイクロン災害 414世帯に物資を配布
08.9.6 アウン.サン.スーチーさん(ミヤンマーの民主化運動指導者)が、とっくに約束の期限が過ぎている今なお、今なお軍政によって軟禁状態にあることにハンガーストライキ行動で抵抗-61
ミャンマー連邦
