靖国神社
戦死や戦傷病死した軍人.軍属など、戦没者約247万人がまつられている。戦前は、陸海軍の審査で合祀者が内定し、天皇の許可を経て正式決定した。戦後、一般の宗教法人となり、1956年、厚生省引揚援護局が恩給法などに基づき「公務死」と認めた者を合祀した。
戦犯については59年、「昭和殉難者」としてBC級戦犯の合祀を始め、78年には、東京裁判で絞首刑となったり獄死したりしたA級戦犯を合祀した。
合祀されているA級戦犯は、東条英機、広田弘毅、土肥原賢二、板垣征四郎、松井石根、木村兵太郎、武藤章、平沼騏一郎、小磯国昭、白鳥敏夫、梅津美治郎、東郷茂徳、松岡洋右、永野修身の14人

靖国問題
(06.4.26)靖国問題§小泉首相は「中韓は(なんで、こういう問題で首脳会談を行わないなんておかしなことを言ったのか)と後悔する時があると思う」と中韓両国の対応を批判する。

昭和天皇メモ

(06.7.20)昭和天皇が靖国神社問題に関し「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」などと語ったとするメモを、当時の富田朝彦宮内庁長官(故人)が残していた。昭和天皇はA級戦犯の合祀に不快感を示し、自身の参拝中止の理由を述べたものとみられる
       

富田元長官の昭和天皇に関するメモ 
  私は或る時に、A級が合祀され その上 松岡、白取までもが、  筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが   松平の子の今の宮司がどう考えたのか  易々と  松平は平和に強い考えあったと思うのに  親の心子知らずと思っている   だから私あれ以来参拝していない、それが私の心だ その上  松岡、白取までもが」「松平の子の今の宮司がどう考えたのか  易々と  松平は平和に強い考(え)があったと思うのに  親の心子知らずと思っている  だから私(は)あれ以来参拝していない  それが私の心だ」

小泉首相の参拝問題

(06.7.20)小泉首相は毎年、靖国神社を参拝しており、そのことにより、小泉首相と中国、韓国との間に軋轢が生じており、両国と日本は首脳会談が現実化されていない。
(06.8.4)小泉首相、「8.15参拝」意向§小泉首相は、9月の退陣までに靖国神社を参拝する意向である。参拝に反発して首脳会談を拒否する中国の要求に屈する形になるのを避けるべきと判断された模様。小泉首相は「賛否両論或中で、私は靖国神社に参拝する事がいけないと思っていない。なぜ批判するのか分からない」と強調した。
(06.8.15)小泉首相は終戦記念日の15日麻、東京.九段北の靖国神社を参拝した。従来は、中国、韓国などに配慮し、日にちをずらして年に一度参拝してきた。在任中の最後の参拝で公約を実現し、靖国参拝批判に譲歩しない姿勢を明確にした

(07.5.8)安倍首相:4月下旬の靖国神社の春期例大祭に真榊料として自費で5万円を奉納§「内閣総理大臣 安倍晋三」名だった。」

靖国神社を巡る歴代の首相

(06.8.5)歴代の首相の靖国神社参拝の対応
1945年10月23日…幣原首相が参拝
1951年10月18日…吉田首相が参拝。以後、岸、池田、佐藤、田中首相が、主に春秋例大祭に参拝
1969年06月30日…自民党が靖国神社の国家管理を目指す靖国神社法案を国会提出。73年まで計5回提出したが、いずれも廃案に
1975年08月15日…三木首相が首相として初めて終戦記念日に参拝。「私的参拝」と表明
1977年04月21日…福田首相が参拝
1978年10月17日…靖国神社がA級戦犯4人を合祀
1979年04月19日…A級戦犯の合祀が判明
1979年04月21日…大平首相が参拝
1980年02004年01月01日8月15日…鈴木首相が参拝
1983年04月21日…中曽根首相が参拝。以後、83,84,85,年の8月15日に参拝
1985年08月09日…藤波官房長官の私的諮問機関「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」が「公式参拝は可能」との報告書
1996年07月29日…橋本首相が参拝。首相としては11年ぶり
2001年08月13日…小泉首相が参拝
2002年04月21日…小泉首相が参拝
2002年12月24日…福田官房長官の私的懇談会「追悼.平和記念のための祈念碑等施設の在り方を考える懇談会」が「国立.無宗教の追悼.平和祈念施設が必要」との報告書
2003年01月14日…小泉首相が参拝
2004年01月01日…小泉首相が参拝
2005年09月30日…大阪高裁が小泉首相の靖国神社参拝が「宗教活動にあたる」と違憲判断
2005年10月17日…小泉首相が参拝
2006年04月15日…安部官房長官が参拝
2006年07月20日…昭和天皇が靖国神社のA級戦犯合祀に不快感を示す、当時の宮内庁長官のメモの存在が明らかに

戦犯合祀国が関与

(07.3.29)旧厚生省が靖国と頻繁協議§靖国神社への戦没者合祀を巡り、当時の厚生省が合祀対象者に、積極的に関与。国立国会図書館が公表した「新編.靖国神社問題資料集」で明らかに成った。A級戦犯が合祀された9年前の1969年に、同省が神社側の合祀の以降を把握していたことを示す資料もあり、「国と神社側が協力しながら合祀者を決めたことが解る貴重な資料」と位置づけている。

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2009年ニュース

【2月26日】 靖国合祀訴訟、遺族の取り消し請求を棄却…大阪地裁 戦没者遺族9人が「親族を同意なく合祀(ごうし)され、故人を敬愛する気持ちを侵害された」として、靖国神社(東京)を相手に合祀者名を記す「霊璽簿(れいじぼ)」などから親族の氏名を抹消する「合祀取り消し」を求めた訴訟の判決が26日、大阪地裁であった。村岡寛裁判長は「合祀行為は、他者に強制や不利益を与えるものではなく、原告らの法的利益が侵害されたとは認められない」として、原告の請求を棄却した。靖国神社を被告とする訴訟で、遺族が望まない合祀の妥当性に関する司法判断が示されたのは初めて。
原告側は、国が靖国神社に戦没者の氏名などを提供してきたことについて、「政教分離原則に反し、違憲」として、靖国神社と国に1人当たり100万円の損害賠償も求めたが、村岡裁判長は「合祀は靖国神社の決定で、強制とみられる国の影響力があったとは認められない」と述べ、合憲と判断した。原告側は控訴する方針。
判決は、「家族を敬愛追慕する情に基づく人格権が侵害された」とする原告側主張について、「合祀への不快感や嫌悪感と評価するしかない」と指摘。殉職自衛官の護国神社への合祀を巡り、遺族の訴えを退けた最高裁判決(1988年)を踏まえ、「他者の宗教行為に対する不快感などに法的救済を求めると、他者の信教の自由を妨げる」と述べた。さらに合祀について「遺族らの同意を得るのが社会的儀礼として望ましいとしても、遺族が独占的に他者の慰霊行為を排除できる権利はない」とした。-YOMIURI ONLINE-19


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映画「靖国」

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